モノローグ天井桟敷

ショートでは悲劇ロングでは喜劇    本当はみんなコメディ

出口のない入り口

第8週について書き忘れていたことが一つ。 それは眼鏡。
正太郎が眼鏡を外した時の晴れやかな表情が際立つ。

また、鞍馬太郎の眼鏡が渋くてオシャレ。
その奥に潜む意味ありげな眼差しを引き立てている。

糸子の生まれ育った鯖江市はメガネフレームの製造で有名。(日本一)
制作スタッフのこだわりと気配りが伝わってくる。
磯七?あれは松尾貴史が普段つけている自前のものでしょう。(笑)

さて、第9週のMVPは、スペインに飛んで行った小梅師匠。
実際には予定の舞台があったためらしいが、
それをドラマの本筋のに巧みに組み入れるとはさすが。
帰ってくるタイミングもジャストミートだったなあ。あの時だ。

見逃せないのが衣装。場面が変わるたびに微妙に変わっている。
キヨミのためにもってきた着物も鮮やか。
ゲゲゲの女房」の青海波の着物を思い起こす。

センスが良くてイキで気品のある小梅師匠は
スペインでも大いにもてるだろう。

ガラス細工の目線賞は、A子こと清海。
B子に対する初めての表情・・・何かにひびが入ったような・・・

それはB子が激しい感情を露わにして自分に向けてきたからなのか、
本当はA子自身が本当の居場所がなくて
息苦しく思っていたからなのか。

草原は、落語は目線で決まると言ったが、
それは人間関係全般にも当てはまること。
B子は周囲の温かい目線と本音で支えられているが、
A子にはそれがないようにみえる。

そうして二人は出口のないそれぞれの入り口の中を進んでいく。
誰も後戻りできない。二重らせんがまた動き出す。
それは、AかBかではなくAでありBである世界。

名前七変化賞は、キヨミ→ 若狭。
鎖鎌の忍者はお母ちゃん好み。
若狭の文字が敗訴から勝訴に変わる一発芸は
何処かのドラマでも見たような・・・リーガルハイ?
このドラマの影の主役は名前自体。その付け方、構成が実に上手い。

縦縦キュッキュッ賞は、ガラス拭き(掃除)にこだわりの草原。
「カーネーション」の縦縦横横と同じだ。枡谷パッチ店がなつかしい。

兄弟子たちがそれぞれの持ち味で若狭を導こうとするところが面白い。
一粒で4度おいしい。→おとくやん

出口のない入り口に入り師匠の元を離れなかった草々には
戻るべき故郷がなかった。

これが第9週の括りであり、次のドラマチックな展開の発端。
しかし、誰にも故郷はある。

糸子お母ちゃんのいうことを信じよう。(笑)

ところで、草原が風呂の掃除と言っていたので、
吉田家には内風呂があるようだ。
草々も師匠の背中を流しながら稽古をつけてもらったようだし。

そうするとキヨミと草々が銭湯に行ったのはなぜ?
などというヤボなツッコミはこれくらいにしておこう。(笑)

それでは、また。

 

 

オーバーラップ

数年ぶりに風邪を引いて寝込んでしまった。
ブロクで何を書いていたか、何を書こうとしていたか、
すっかり忘れている。

ちりとてちん」を2週間分まとめて見めて気がついたこと。
それが、タイトルの「オーバーラップ」。

第8週は、オーバーラップの連続だ。

文字通りオーバーラップの映像手法を使っているのが、
塗箸の仕事部屋で泣いているキヨミの姿。
チビのキヨミと寝床で夢見ている今のキヨミの想像が重なる。

小梅は正典に正太郎の後姿を見る。
正典はテープにより昭和43年の出来事と
正太郎の後を継ごうと決意した時のことを思い起こす。
そして、草若はテープを懇願した正太郎のことを思い起こす。

これは単純なリレーではなく、各人に別の意味や影響を与えている。
草若の場合、父親としての正太郎や正典の思いが自分と重なり、
当時、そこにいたであろう志保や仁志への思いにつながる。

別の見方もできる。たとえば土下座。
キヨミが師匠に弟子入りをお願いする姿。
友春が婚約解消を一人で申しでるよう姿
正典が師匠に娘の弟子入りをお願いする姿。
どれも誠意が伝わってきて美しい。

一見関係なさそうな大根おろし対決もそうだ。
唐突のような大根は、蕎麦用の残り物。
キヨミは大根おろしを手伝っているか、そうでなくても
母親の動きをみているはず。

キヨミは蕎麦打ちを投げ出さなかった。
母の味の引継ぎをヘタながらもやっていて、
お母ちゃんも手ごたえを感じていたのだろう。
糸子らしい最終テストの方法というところか。笑いも取れるし。

このドラマ全編でオーバーラップの象徴として使われているのが塗箸。
四草は「ゴミ」と毒を吐くが目では賞賛。

本音は目でわかる。特に四草の場合は。

オーバーラップは単なる仕掛けや伏線というのではなく
このドラマの主軸になっているのだろう。

さて、第8週のMVPは父親の厳しさと優しさ、親ばか加減を自然に演じた正典。合わせて小浜のマタギ賞も。(笑)

涙のオーバーラップ賞はキヨミ。週のラスト、橋の場面で涙を浮かべる表情がいい。
二人の後姿で終わるところは、チャップリンの「モダンタイムズ」とオーバーラップ。
これからの希望と不安が暗示されているように見えた。
ライトアップされた大阪城は愛宕山を連想させる。
馴れ馴れしくないナレもいい。金の茶室がないのも。(笑)

ベストコメンテーター賞は正平。落語家志願の動機をまとめ、
友春のキヨミへの思いを突き詰める手腕に脱帽。
しかし、ベストプレイヤーになるには見えない壁を破らないとね。
舌あり雀賞は、松江。マタギ発言だけでなく、

態度や表情の変化が軽みを醸し出す。
しかし、それがブーメランのように・・・
アホボン土下座賞は、友春。対となっている小草若と同様に
決めるところでは決めてくれる。方向違いはあるけれど。

ということで、ようやく第8週を締め括ることができた。

それでは、また。

 

お断りの仕方

キヨミの落語家宣言でツイートした。

平安の今様が現代風に蘇る。
これまでは「あわれをせんとや生まれけむ  B子をせんとや生まれけむ」
これからは「笑いをせんとや生まれけむ  落語をせんとや生まれけむ」
あの大根は蕎麦つゆに付けた残り物では? 例のそば弁当の中にもあったよね。
#ちりとてちん #平清盛

清盛は、確か海賊王宣言だったような・・・(笑)→ワンピース

公然と宣言するからには、不退転の覚悟があるはず。
お母ちゃんは、きっと匂いでキヨミの心情を察知したのだろう。
大根おろし対決は、お母ちゃんらしい「緊張と緩和理論」を
応用した思いやり。つまり、落語そのもの。

寝床の場面で「春夏秋冬」が使われていたでこちらもツイート。

寝床でのBGM「春夏秋冬」(終わる・・全てが始まるさ)
キヨミも友春もおじいちゃんも断られた。
断りは終わりであり始まり。そうして全てが報われる?
キヨミ「報われるんて何やろ。誰のことやろ」
正太郎「わからん。ほんでもぉ仰山笑ろうたらええ」#ちりとてちん

断られる方はペチャンコになるほどきついが、断る方も難しい。
ミキヨの断り方は大人の言い回しになっているが、
よくできましたと誉める気持ちにはなれない。あれは作者の言葉。
(道化師のようなアホボンを応援したくなる。自分と同類。)

友春のダメージは大きい。
むしろ、顔も見たくないと言われたほうがすっきりするかも。
男は思いが後を引きやすいのだ。(by順子)
友春がどう変わってていくのか。後半で驚愕の展開が待っている。
一生懸命なアホほど愛おしいもんはない・・・

一方、草若師匠は、おもろいキヨミ(喜八)を受け入れたくても
安易には踏み切れない。パワー不足か。芸が落ちたからか。家賃か。(笑)

本当は、キヨミへの思いやりではないかな。(少し浅いが)
落語という形のない芸で人を笑わせることが、どれだけのものか。
それを一人やり遂げることがいかに厳しいか。
地獄を味わった師匠は、骨身に沁みて知っている。

しかし、師匠はキヨミや和田家を取り巻く状況を断片的にしか知らない。
キヨミは一人ではないのだ。それが、師匠をも変えていく原動力。

ドラマも、一人では展開できない。
ちりとてちんの大きな魅力は、全ての人が輝いていること。

それでは、また。

 

 

包み込む視線

昨日はツイッターが盛り上がっていたので、
ちりとてちん」の放送時間に合わせて2回投稿した。

ちりとてちん 底抜けに泣き # 寿限無
初冬に春の息吹き # 愛宕

#ちりとてちん 初回から塗り重ねられてきたものが、
今日キレイな模様となって花開きました。
その道中の陽気なこと。


まだ全体の使い方がよく分からないが、
投稿するだけならなんとかなりそう。(笑)

昨日は全国のテレビ画面が涙で濡れていた一日だったかも・・・
などという大げさなことはほどほどにして、昨日の続きを。

話を「アイコンタクト」に戻す。

以前、「押す視線 引く視線」の記事を書いたが、
今回は「包みこむ視線」。
こんな言葉を使う人はいないだろうが、
寝床落語会での草若の目を見ていて思いついた。

和田家が小浜から押しかけてくるまで、
草若は「蝉の脱け殻」状態だった。それがシャドー落語をし始め、
空ろな目から焦点の定まった目にすこしずつ変わっていく。
そして、落語会では師匠の目にグレードアップ。

小草若が登場すると微妙に変化。→親の目?
押す=pushでもなく引く=pullでもない。
関係を保ちながら自分の中に「get」するような感覚。
他に適当な言葉がないので「包みこむ」視線。

二人の視線がピタリと合うのをカメラは捉える。

お互いに「包みこむ」視線で愛コンタクト。
小草若は感情の防波堤が自壊し視線を逸らせていく。
この感情の揺れと、上下切りながらの落語を演じきれるのは
小草若=茂山宗彦しかいないだろう。(役と本人の二重の意味で)

寿限無」は落ちまで言い切らなければならない。
こぶ=意地が引っ込むまで。
その後を受けた草若は、親の視線から客を包みこむ演者の視線に・・・

ここで、どうしても付け加えたいのは、
落語家の話し方も「包みこむ」感じがあること。
草原=桂吉弥と他の人の落語を比べると分かるだろう。
現時点でそれに一番近いのが小草若。
意外にも、キヨミがそのレベルにじわじわと迫っていく。乞うご期待。

さて、第7週のMVPについて。
座して演じても軸のブレない独自の華、小草若に決定。
真相を知った後、墓前でかすみ草を触る仕草と表情。
草若の「愛宕山」がテープだと分かったときの微妙な落胆振り。

草若については第6週で評価済み。親子のW受賞は避けておこう。(笑)

助演「子供ら」賞は、おかみさん(志保)。
草若が病室を出て行くときの一瞬の「送り目」がいい。

白い緑子賞は、菊江。自愛に満ちたダンスが笑わせる。
肩の荷が下りた清々しい涙。ご先祖の和枝さんによろしく。(えっ)

寝床独占賞は、熊五郎。オリジナル「寝床」と熱唱後のドヤ顔アップは
朝ドラ史上に残るだろう。
熊より男前賞は、咲。草原の奥さんとは対照的だが、
啖呵と気風のよさはオノマチ糸子を彷彿させる。熊さんベタぼれ。

強引尻叩き賞は、糸子お母ちゃん。蕎麦打ちのスパルタ伝授と
草若を寝床にマイペースで連れ出した手腕はあっぱれ。
底抜けポーズを左右の手で演じるなど芸も細かい。

愛宕山デコ賞は、かすみ草。
春霞を連想させる白さが墓前で活きていた。

第8週から新しい局面に入る。

それでは、また。

 

 

笑い三つに泣き一つ

狂言には笑い方が三つあるらしい。(大笑い、中笑い、小笑い)
そして、泣き方は基本的に一つ。

そう教えてくれたのは、狂言方能楽師茂山宗彦。小草若ではない。(笑)
(メジャー動画サイト「狂言を楽しむ」より)

伝統芸能の家元で生まれ育った人だと知ったのは最近のこと。
朝ドラを初めて完走したのが「カーネーション」で、
ちりとてちんを見たのは数ヶ月後だった。
ドラマをそれまでほとんど見ていないので、登場人物がすべて新鮮。

ただ、小草若はどこかで見たことがあるような・・・
そうだ、「カーネーション」のアホボンか。→茂山逸平
違うな、ということでそのままになっていた。

今回、再放送が始まる前にもう一度よく調べてみてびっくり。
なるほど、二人は兄弟か。主役を食うほどに演技が上手い。特に目。
立ち姿や正座、お辞儀の仕方まで綺麗で、身のこなし方もシャープ。
只者でないと感じていた訳に、1年経ってようやく辿りついた。

草々のキャラは単純だが、存在感を出すのは難しい。
一方、小草若のキャラはかなり複雑で、
ある一面がが出すぎても少なすぎても面白みが消えてしまう。
そのバランスが難しいような気がする。

ある時はチャラっぽく、ある時は悩ましく、またある時は繊細に。
そして、「寝床」落語会の舞台はできあがった。

落語では、「寝床」は丁稚の寝場所の意味だった。
このドラマでは、みんなの居場所として使われている。
うどんの切れ端、ねぎの切れ端、お咲。
そして今度は、居場所を無くしていた徒然亭復活の舞台として・・・

小草若はなぜ予定外の寿限無をやり、泣き崩れたのだろう。
そんなことを考えるのは野暮というもの。
「考えるな。感じろ」(ブルース・リー
と今まで思っていたが、ついよけいな詮索を・・・

草若すっぽかし事件の真相を知ったのはきっかけであるが
そのすべでではない。

母親(志保)への思いはずっと変わっていない。
だが、自分に真相を明かさなかったのをどう受け止めたのだろう。
草若とともに芸人魂を貫き、草若の虚勢を知りつつ
そのまま受け入れた母の情の深さに改めて気がついのでは・・・

父親(草若)への思いはかなり屈折している。これは誤解が解けて
すべて解決する分けではない。
草若は、芸人としてまた父親として一つの態度を貫いた。
器の大きさや覚悟の厳しさに圧倒される思いがしたのではないかな。
ただ、これが逆の意味でずっと尾を引くことになる。

小草若は墓前でも涙を流した。そこにあったのはまた「かすみ草」。
供えているのは草若以外に考えられない。父と母は言葉なしでも
心が通じ合っていた。ずっと変わっていない真心に思いを馳せ、
あふれ出した感情を止めることはできない。

ところが、「寿限無」では防波堤そのものが決壊したのだ。
小草若には師匠への敬愛と父親への憎悪が同居していた。
憎悪は誤解が原因で、母親への思いの裏返しになっている。

そのバランスを保っていたもの(意地)が、「寿限無」で
子供に名前をつける親の思いを「自己表出」することにより自壊。

そのサポートとして駆使されたのが、「アイコンタクト」。
それをカメラが丁寧に捉える。

 
この辺りは、脚本、演出、演技の三位一体ベストコラボ。
神回といわれるのはもっとも。

小草若=茂山宗彦は二つの「泣き」をドラマで演じたように思える。
狂言ではどんな泣きを見せるのか。一度見てみたいものだ。

ここまで書いてきて、第7週のMVPはもう決まっているのだが。
長くなったので、続きは次回に。

それでは、また。

空気をかぎわける

糸子お母ちゃんのパワー炸裂。
空気を読めなくても異変をかぎわける能力は健在。
いや、他人の家で発揮できるところがスーパーすぎる。

疾風のようにやってくる。(疾風のようには去らないが)
理屈より身体感覚。蕎麦にこだわり手の感触を大切にする。
先祖はきっと忍者だ。(笑)
でも若狭かれい持参で、気配りには抜かりがない。

空気を読まないで空気をかえてしまう。これは凄いこと。
 和田家の団欒に煽られるかのように草若の行動が変わっていく。
一人じゃない。自分は落語も弟子も大好きなんだと・・・

もう一人孤立している小草若はどうか。
「寝床」への圧力。正々堂々?と値上げした熊さんと比べると
いかにも小物感が漂う。「小」草若のまんま。
それを見抜いた四草もお株を取られたようでくやしそう。(笑)

不思議なのは草々。
なぜ、ラジオ局までいって小草若に本心を尋ねたのか。
深夜のはずなのに。
人の心の動きに鈍感な草々も、落語と師匠のことになると特別。
その台詞の中には重要なキーワードが含まれていた。
それがこれから何度も繰り返されることになる。恐るべき脚本。


おかみさんの好きだったタンポポの花言葉は

「真心の愛」 「別離」 「解きがたい謎」・・・


それでは、また。

 

 

 

長い枕は終わらない

小草若の「長い枕」は何度見ても笑える。
しかし、あのワンカットにどれだけ手間隙をかけたのか。
それを思うとまた笑ってしまう。

「一生懸命に製作している姿はほんまにおもろい。落語と同じや」。(笑)

しかし、ただ笑いを取るだけでそこまではしないだろう。

寝床に枕という連想。そして、寝ているのが落語の稽古部屋。
キヨミの妄想の中で、寝床、枕、落語がストレートに結びつく
思考回路そのものが、もう落語的だ。

長い枕は絵として面白いが、メタファー(隠喩)としても
使われているのではないかな。

落語の枕は本編への導入部。
今週のドラマの中では、親子の確執を解きほぐす導入部
なのかもしれない。
小草若の赤い衣装は、幼児期への回帰のようにも見えるが、
道化師=ピエロのようにも見える。

全編の広がりでみると、小草若は一貫して道化師を
演じているのではないか。→寿限無・・・もう一つのテーマ
いつまでも自分の本編に入れずに枕の中でのたうち回る絵図。

まるで自分の姿を見ているよう。

それでは、また。